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今日も団地では楽しい笑い声が聞こえます。人と人がつながる”団地暮らし”の魅力とは。

人と人がつながる 団地暮らしの魅力

撮影:長谷川朋也

artproject_stage17(その2)

スターハウスメモリアルパークシアター2019~
「団地貴族」は歴史と未来を繋ぐ~

2019年3月2日(土)、2018年度の「大阪芸術大学×URアートプロジェクト」を締めくくるちょっと不思議でワクワクできるアートプログラムが、サンヴァリエ金岡(大阪府堺市)で開催されました。大阪芸術大学芸術計画学科と舞台芸術学科、放送学科、写真学科の有志や卒業生、約30人近いスタッフが集結。その取り組みの様子をご紹介します。

 

60年前の団地の記憶を呼び戻す
今回の舞台となるサンヴァリエ金岡の「スターハウスメモリアル」について、少し解説しましょう。「スターハウスメモリアル」は、昭和の高度経済成長期に建設された「金岡団地」に、かつて上から見ると星型をした住棟が建てられ、その記憶を後世に伝えるために整備された場所です。

現在の「サンヴァリエ金岡」の前身の「金岡団地」は、住宅難を解消し国民の生活向上を目的に、昭和31年(1956年)に建設されました。「金岡団地」は、UR賃貸住宅(建設当時は日本住宅公団)で全国初となる第1号の団地です。

今回は、約60年前のスターハウスが建てられた時代と、現代を摩訶不思議につなぐ演劇が上演されました。建設当時は、入居希望者が押し寄せ、中には1000倍の倍率を記録したそうです。みんなの憧れ「花形=スター」にもかけて、スターハウスと親しまれました。
時代を越えてよみがえるスターハウス はこちら

 

観客も参加するイマーシブシアターのしかけ
イマーシブシアターとは、没入型演劇と言われます。簡潔に言えば、観客の参加型演劇です。観客は体験し、考え、意見を求められます。双方向のコミュニケーションが図れる手法で試みたいと提案したのは、企画を担当した大阪芸術大学芸術計画学科の学生たちです。本プロジェクトの総合ディレクターを務めている芸術計画学科教授の谷悟先生は、いつも、「アートは、押し付けてはならない」と言われており、このアプローチは、その考え方を実践する最良のプランであると関心を示されました。作品を創作するにあたっては、地域の歴史、文化、習慣などを踏まえ住民に寄り添うことを念頭に考えて、構想せねばならないと、サンヴァリエ金岡の歴史を聞き、昭和30年代から昭和40年代にかけての人々の暮らしを学際的に学びました。当時の経済、家電事情、通信、ライフスタイル、ファッションなどを学生たちは資料を用いて、調べ、また、両親や祖父母から聞き、多くのことを学ぶことから今回のプロジェクトは始まりました。

 

本番当日、一発勝負への不安
ミーティングを終えて、学生たちが自分の役割をテキパキとこなします。受付準備、舞台の道具や看板の設置、演出のためのデジタル機器の準備などと並行して、集会所ではリハーサルが始まりました。難しいのは、現実空間から仮想空間への変化の時。観客が知らないうちに、50年以上前のスターハウスの暮らしに没入させることができるのか? が成功のカギを握ります。

リハーサル後、学生たちそれぞれから意見が出ます。やや険悪なムード?
みんな真剣に演じたいから、意見も要望も出るし、そしてちょっと反省して調和して、団結する。高度成長期の熱気に満ちていた人々の面影を、今の学生たちにも見たような気がします。みんな、とにかく真剣です。
稽古では、出来なかったことがあります。それは、観客とのアドリブ。シナリオ通りに進むのか、観客の言葉に流されてしまわないのか。本番直前まで、学生たちの打ち合わせが続いていました。

 

純朴な子どもたちの元気さに助けられて
事前に開催したサブ企画で制作したカギを持って、お父さんと娘さんの親子が開演を待っています。さらに、告知を兼ねて行ったノスタルジックカフェで知り合った子ども達も、約束通り顔を見せてくれました。受付を終えて待合室で学生たちと談笑しています。
演目の「団地貴族」は、団地の研究をされていた民族学者の野口先生が昏睡状態になっている場面から始まります。野口先生の妻、夢の中に入ることができる機械を発明した精神分析医の三国先生と、その弟子の小春と小五郎の4人が、眠っている野口先生の枕元に集まっています。

あらすじは、野口先生の残した論文を解明するため、昏睡状態の野口先生の夢の中に観客と一緒に入り、解明できないキーワードを解き明かします。夢の中には、若かりし頃の野口先生が導き、小春と小五郎が案内役です。

観客の子どもたちは、夢の中に入る部屋のカギを使い、スターハウスメモリアルへ。そこで、役者たちの演技に引き込まれていきます。当時のスターハウスの暮らしぶりを説明する小春や小五郎に、子ども達がズバズバと質問を浴びせ、その場が笑いの渦に包まれることも。4つのキーワードを解明するヒントを、かつてのスターハウスに暮らしていた人々に教えてもらい、現実へ帰ってきます。

5歳の娘さんと参加した女性は、「学生のみなさんの上手な演技に驚かされました。ここの歴史を知り、子どもよりも私のほうが勉強になりました。こういう機会があれば、また参加したいですね」と笑顔で語ってくれました。
現実世界に帰ってきても、元気いっぱいにキーワードの答えを教えてくれる子ども達の記憶に、今日の出来事が刻まれ、家に帰って家族に話してくれれば金岡団地の長い歴史の一場面が、次の世代に受け継がれるきっかけになるのではないでしょうか。
演じていた学生たちも、子どもたちの元気に助けられ、ホッとひと安心。緊張がほぐれた瞬間です。

 

プロの洗礼を受けた学生たちの学び
1回目の公演を静かに見守っていたのは、演出・演技指導をされた大阪芸術大学短期大学部メディア芸術学科非常勤講師の羽根博司先生。劇団四季にも所属されたプロフェッショナルです。当初は、学生たちが皆で相談しながら、模索していたようです。
「初めは、学生がそれぞれに意見を出して、まとまるのかと心配になりました。今の学生は自由です。自分が納得しないと動きませんね。私が学んだ時代とは大きく変わってきています。少し前までは舞台上と観客が明確に分かれていましたが、最近は、まるでテーマパークのように観客と役者が触れ合います。そういう意味では、イマーシブシアターという手法は、学生たちも演じやすかったように思います。小劇場にニッチなファンが通い詰める時代ですからね。学生たちもいろいろな勉強の機会になったと思います」と語ってくれました。

一方で学生たちはどのように感じていたのでしょうか。

「自分たちだけでは、限界を感じていました。みんながおかしいと思っている演出でも、それをどう直せばいいのか、答えを出せないまま言い訳を探すように引きずっていました。そこを、的確にズバリと指摘され、初めはみんな反感を持ちましたよ。でも、どうすればもっと良い演技になるのかを指導されるうちに、どんどん自分たちの自信になっていきました」と、メインキャストの学生たち。中には、「本番3日前の変更はさすがに戸惑いましたが、それをクリアすることがプロであり、より完成度の高い作品となることを実感しました。」と、それぞれの気持ちを打ち明けてくれました。
学生たちは、どこまで真剣勝負で取り組むのでしょうか。そのボーダーラインが引き上げられる時、学生たちの確かな成長につながります。

 

祖父母世代との睦まじい交流
2回目の公演は、1回目と変わり、学生たちの祖父母世代が集まってくれました。学生たちにとっては、劇中の出来事ですが、70歳代~80歳代の観客の皆さんにとっては、まさに青春時代真っ盛りです。劇中のセリフ一つ一つにウンウンと頷き、遠い昔の記憶を呼び戻すように、みなさん少しずつ気持ちが高まってきたようです。

小五郎と小春の調査は、4枚の小さなボードに貼られた写真。当時のことを知るみなさんですが、なかなか言葉が出てこない様子です。
「ほらこれは、あれや、ほら?なあ?」と、解っていても名前が出てこない。それでも、演じている学生が「オードリー・ヘプバーン」というアメリカの女優さんですと伝えると、「そやそや、みんな映画を観たし、女の人は流行やいうて、髪型や服装を真似してたなあ」と、みなさん生き生きとした表情で教えてくれました。ほかに「新幹線」、映画の「ローマの休日」、当時のファッションスタイルの「ニュールック」などの謎解きの答えに、当時のエピソードを熱心に話してくれました。

一時、メモリアルハウス内のダイニングでは、みなさんがそれぞれに学生たちに当時の思い出や出来事を話され、その言葉に学生たちも真剣に聞き入っていました。なかなかシナリオの展開に戻すのに時間がかかり、30分の予定が50分近くになってしまいました。やむなく、予定していた4回の公演を3回に短縮するというハプニングにも、全スタッフが即座に対応し、団結力の強さを感じることができました。

撮影/ 山里 翔太(大阪芸術大学 写真学科2年生)

「ホンマな、若い時は団地に憧れたんやで。当時の家賃は、確か入居時に月給の3分の1から半分ぐらいだったな。それでも、すぐに月給が上がっていくから、大丈夫だった」「鉄筋コンクリートの建物で5階建て。かっこいいなあと思ったね。家に風呂があるのはホント嬉しかったよ」と口々に思い出してくれました。「当時な、年収の制限があったんや。みんなエリートしか住めんなって言うとったな。昔の思い出やな」と、懐かしむ声も聞かれました。住民の皆さんからお聞きしたお話は、今回の演劇のタイトル「団地貴族」を象徴化するものも含まれていました。

 

本気の演技には、本気で応えてくれる
実際に演技をした学生たちは、「1950年代の暮らしは想像できないです。おばあちゃんの家みたいな感覚ですね」「1970年代のファッションは、欲しいと思いました。今でも、全く抵抗なく着れますよ」と笑顔で教えてくれました。ちょうど、お母さんたちが身に着けていたファッション。20年から30年で繰り返すと言われるファッションの流行サイクル通り、学生たちも柄やデザインのチェックに余念がありません。

谷 悟先生が、期待を込めて白羽の矢を立てたのが、芸術計画学科2年生の松野幸恵さんです。企画から運営、脚本も担当しました。「今回は、何度もシナリオをやり直してもらいました。今、この作品をここで、上演する意義をきちんと宿すよう、考えて欲しいと言い続けました。稽古が始まるギリギリまで、松野さんも粘り強く頑張ってくれたと思います」と谷 悟先生。
「わからないことばかりで、どんどん時間が過ぎていきました。焦りと不安で押しつぶされそうになりながら、同級生や先輩、アートプロジェクトに関わるたくさんの人に助けられました。今日、誰も来てくれないんじゃないかと考えると、あまり眠れなかったですね。でも、公演が始まる前に、子ども達や、フィールドワークなどでお会いした団地の方々の顔を見て、ホッとしました」と、松野さん。最後のあいさつでは、みんなに励まされ涙する場面も。松野さんには、これからの大きな自信につながったのではないでしょうか。

今回のイマーシブシアターは、役者と観客が一体となって創り上げる演劇です。観客を身近に感じられる反面、「ちゃんと伝わっているのか」という疑問が、学生みんなの心にあったようです。
「今回のアートプロジェクトでは、「スターハウスメモリアル広場を活用して、今の自分たちにできること」を考えて欲しいと思いました。本気になったらどこまでできるのか。こちらが本気になれば、観客や助けてくださる団地のみなさんも本気で応えてくれます。イマーシブシアターは、送り手と受け手の相互触発が成功のカギです。成功させるには、役者が本気にならないと、観客は仮想空間に没入できません。本気の演技だから観客は錯覚し、現実だと感じてくれるのです。そのことは、羽根先生もわかっていますから、学生たちの本気を引き出すために厳しく指導してくださったと思います。若い学生たちは、人との出会いだけではなく、体験することすべてが一期一会です。その時、どこまで本気になれるのか。その気持ちをわかって欲しいと思っていました。それは、社会に出た時にも必ず役に立つ大切なことです」と谷 悟先生。最後に全員に向かって、「ここにいる仲間たち、みんなの笑顔を見ることができて本当に良かった。ありがとう」と締めくくられました。
サンヴァリエ金岡の財産であるスターハウスメモリアル広場を劇場に変容させたこの取り組みはかけがえのない1日として、参加されたUR及び地域住民の皆さま、そして、学生たちに美しい記憶として心に刻まれたことでしょう。

撮影:長谷川朋也

 

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