Life

今日も団地では楽しい笑い声が聞こえます。人と人がつながる”団地暮らし”の魅力とは。

人と人がつながる 団地暮らしの魅力

撮影:加藤大

artproject_stage16(その2)

しらさぎ舞い降りる富田団地、再び  

10月14日(日)のプレ企画で住民のみなさんへの告知を終え、11月3日(土・祝)に『ココロ ツナガル しらさぎプロジェクト』のメイン企画が富田団地(大阪府高槻市)で開催されました。プログラムの開始は15時からにもかかわらず、20分前には開演を待ちわびる住民のみなさんが集まり、準備に奔走する学生たちを応援してくれました。大盛況で幕を閉じたプロジェクトの様子をご紹介します。

しらさぎの卵のオブジェに、みんなの夢を託す 
 当日は、4年間に及ぶアートプロジェクトの歴史の中で、最大のイベントとなりました。プログラムは多岐にわたり、10月14日に行われたワークショップで制作されたしらさぎの折り紙が、空間を演出するインスタレーションの一部として展示されました。
 赤い糸を何本も張り巡らし、しらさぎの巣をイメージさせ、しらさぎの折り紙をまるでしらさぎの卵のようにデザインしたオブジェが完成しました。巣の中でぬくぬくと育つ雛の誕生を待ち望むように、しらさぎの舞や演奏が行われました。しらさぎが生息していた富田団地界隈のかつての風景の中で、温かく見守られて育つしらさぎの雛と、団地の未来を担う子どもたち、アートプロジェクトで関わりながら成長していく学生たちの姿が重なります。サブテーマである「しらさぎの力で、新たな夢を育み、その想いを飛翔させる」の意味を深く感じることができる会場に仕上がっていました。

住民のメッセージをハートで包む 
 卵のオブジェを形づくるしらさぎの折り紙には、団地のみなさんのメッセージが書かれています。そのメッセージは、ハートに包まれて、会場の正面に設置されたスクリーンに投影されました。大阪芸術大学芸術計画学科3年生の小田望楓さんがしらさぎが舞うイラストとともに、住民のみなさんのメッセージが小さな祈りとなって未来に届けられるアニメーション作品に仕上げました。

住民のみなさんをおもてなし
 今回、集会所下のピロティには、まるで野点をイメージした茶室が設えられました。茶会の亭主は、総合プロデューサーを務める大阪芸術大学芸術学部芸術計画学科教授の谷悟先生です。谷先生のコレクションである李朝刷毛目小服茶碗や古瀬戸天目小服茶碗(約400年~450年前のもの)、注口部がしらさぎの口に似た中東産の水差し、黒漆に枝垂れ柳が金で描かれた茶入れなどが準備され、一人ひとりに一服もてなされました。しらさぎと流水紋が描かれた屏風や江戸時代前期~中期に活躍した狩野即誉が描いたしらさぎがゆっくりと動くデジタル掛け軸もインスタレーションの一部として制作され、住民のみなさんとの会話の中から、富田団地への様々な想いや、夢を育むお話を語り合う愉しい時間を共有しました。

古典芸能神事に学ぶ、しらさぎの舞 
 準備が整ったところで、しらさぎの舞が披露されました。舞手は、芸術計画学科2年生の野田大賀さん。作曲と演奏は、大阪芸術大学通信教育部音楽学科専任講師の泉川獅道さんです。
 体格に恵まれた野田さんは、ヒップホップというダンスで注目されている実力者です。人間の喜怒哀楽を激しいダンスパフォーマンスで表現しています。今回は、通信教育部美術学科4年生で、テクニカルディレクターとして難題をいつもクリアしている大地泰輔さん手製のしらさぎの衣裳を纏い演舞しました。しらさぎの羽根を広げると左右2メートル50センチを超え、高さも3メートル近くになります。その雄大な舞には、激しさと優しさが表現され、羽根を休めるしらさぎの表情は、幸福感にあふれていました。

 しらさぎの舞は、古くは京都の八坂神社にも伝わり、現在、島根県津和野町の弥栄神社に伝わる古典芸能神事の鷺舞をヒントに、現代的なパフォーマンスとしてアレンジされました。しかし、その基本となる祈念の心は尊重され、野田さんの創意工夫が生かされた舞になりました。
 おおまかな動きを想定しながらも、人間の喜怒哀楽を“気”で表現し、野田さんの舞に合わせて、泉川さんが尺八の音を合わせます。

富田団地に響く虚空(こくう)の音色
 
泉川さんは、日本を代表する若手の尺八奏者で作曲家、大学教員としても活躍されています。大阪芸術大学音楽学科音楽工学コース卒業後、大学院博士後期課程で尺八研究の第一人者、故月溪恒子教授の元で仏教芸術としての「虚無僧尺八」の音楽学研究の世界に身を投じ、また竹保流尺八、京都明暗対山派ほか各派虚無僧古典本曲を志村禅保氏に師事されています。古楽器に着目した情報楽器学を志村哲教授(志村禅保は演奏家名)に学びながら楽器職人のもとへ通い、尺八の制作技術を学び5年間の修業を終え、電子音響音楽作品と尺八古典本曲の研究論文で芸術博士号を取得されています。

 今回、谷先生からの依頼を快く受け入れてくれて、野田さんとの共演が実現しました。西洋音楽の表現とは異なり、日々の暮らしの中で自然に帰巣する人間の心を表現する尺八の音色は、“虚空”と表されます。その意味は、何もない空間、大空。言い換えると、何も妨げるものがなく、すべてのものの存在する場所としての空間という意味になります。まさに半世紀近い時間の流れの中で、富田団地の暮らしそのものを表しているかのような演出に、自転車で行き交う人々も立ち止まり、尺八の音に耳を傾け、しらさぎの舞に見入っていました。

静寂と歓喜の中で
 
しらさぎの舞は、ステージごとに見る人の心を変化させました。また、集まってくださった団地のみなさんの雰囲気に、しらさぎの舞や尺八の音も反応していました。その様子は、まるでコミュニケーションをとっているよう。演者と観客。双方の気持ちが一体となった時に大きな感動の波が広がっていました。
 尺八の音が響くと、ざわついていた周辺の空気が張りつめ、会場が聖域のように静まり返りました。まさしく神事が執り行われているように、人々が息を止め、しらさぎの舞に見入りじっとしています。通りすがりの親子も足を止め、「あれ、何?」と聞く子どもの言葉を制するように、小さな声で「静かにしよう」とお父さんが声をかけていました。集まった数十人は、身動きもせず息をひそめ、しらさぎの舞に祈りの気持ちを込めていたと思います。

 しかし、しらさぎが羽根を広げるやいなや、歓声が上がり、会場は一瞬で興奮の渦に包まれました。尺八の音に合わせて、しらさぎは、災いをはらい、住民を包む身振りを見せます。手を叩く観客に応えるように、しらさぎは時より羽根を大きく広げ客席に近づきます。会場は、単に盛り上がるだけではなく、平和を彷彿とさせる雰囲気にも包まれました。

 いずれのステージも、まさに舞手、演奏者、観客が一体となり、感動を表していると思います。

 

しらさぎの羽根に祈りを込める 
 しらさぎの舞の途中、事前に用意された500枚の羽根が観客のみなさんに配られました。当初は、羽根を貼っていただくのが目的だったのですが、いつの間にか、観客のみなさんが羽根に願い事を書くようになりました。ステージを重ねるうちに、願い事の書かれた羽根がたくさんつけられ、野田さんが演じるしらさぎがどんどん神格化されていきました。

 泉川さんが電子音響で制作した太鼓の音、ピアノの旋律に加え、富田団地で採録した自転車の呼び鈴の音などを駆使して完成させた音楽がバックに流れています。太鼓の音はまさに命の鼓動を表し、ピアノの旋律は、しらさぎの心を表すように流れていました。
 ステージは、回を重ねるうちに熱を帯び、しらさぎに宿る命の勢いが表現されていました。それに合わせて、泉川さんの奏でる尺八の音色も深みを増し、二人の気持ちが一つになり命の力強さが伝わる舞になりました。

団地に暮らす人々の一生を表現する
 
終演を迎える前、泉川さんによる尺八の古典曲「鶴の巣篭」の独奏が始まりました。この曲のテーマは、鶴の一生に例えて、人間の一生を表現したものであり、泉川さんが一生、尺八の演奏を続けることを決意した思い入れのある作品です。しらさぎと同じ鳥である類似性は言うまでもなく、自分にとって最も大切な曲を選び、このプロジェクトのフィナーレを迎えることは大きな意義を感じます。住む場所を見つけ、子どもを育て、巣立つ子どもを見送り、老後を過ごすという構成で成り立つこの作品の解説を挟みながら進められた演奏は、まさに、富田団地で繰り返されてきた人々の一生にも重なり、耳を傾けていた住民を揺さぶり、深いところにまで届いたものと思われます。

 最後の客人として、母娘3人が谷先生にもてなされていました。お母さんは、富田団地で生まれ育ち、ご両親は今も富田団地で暮らしています。「結婚を機に、一度、富田団地から離れたんですが、住みやすいので、二人の娘を連れて家族4人で戻ってきました。3世代で富田団地にお世話になっているんですよ」と、2人の小学生のお母さん。

 「鶴の巣篭」では、子どもは巣立っていきますが、ここ富田団地では巣立った子どもが孫を連れて戻ってくるようです。3世代が肩を寄せ合い暮らせる団地の魅力は、安全で安心できる環境にほかなりません。通勤や通学、進学にも便利で、また高齢になっても支え合うコミュニティを自治会が中心となり守っています。

 3時間にわたり団地のみなさんをもてなした谷先生は、「富田団地は、住む人を幸せに包み込む気風にあふれています。茶席で、富田団地での暮らしについてお話をお伺いしたいと問いかけるとみなさんが笑顔で、“楽しく過ごしているよ”と語られたことが印象的でした。40年近く、富田団地に住んでいるというおかあさんは、“ここは、ほんとうに住みやすいよ”と優しい声で語られましたが、このコトバに富田団地への愛を感じました。また、少し前におこった地震で住宅が倒壊し、被災された方がここで避難生活を送られているというお話もお聞きしました。大変な状況にありながらも白鷺茶会に足を運んでいただいたことを大変うれしく思いました。富田団地は、すばらしいコミュニティデザインを確立させるために様々な行事が団地新聞「しらさぎ」により、告知され、実践され続けています。家族もなかなか一緒に過ごせない風潮が高まるなか、団地の年中行事が核となり、多くの住民のみなさんが愉しむ姿は、ゆるぎない共同体の力を感じます。団地を1つの家のように機能させる時間を紡いでいる印象を受けます。みなさんが我々に温かく接していただく理由はそこにあるように思います。2016年、2018年に、住民のみなさまとともに創り上げたアートプロジェクトは、ささやかなものですが、富田団地を心のふるさとと捉える想いを少しでも深めることができたならば、活動した意義を感じることができます。これまで、育んできた繋がりをより一層、暖め、また、何かプランニングすることができたらうれしい」と締めくくられました。

10,11月の休日の多くを大学で一生懸命、準備した学生たちも、大きな成果をいただいたことで、また一段と成長を実感できたと思います。

撮影:加藤大

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